日本は三連休の最終日。香港は、黒雨警報とシグナル8が発令されていて朝から外は大雨…。
こんな日は、思い切ってマンガ三昧といこう!以前から気になっていたけれど、手をつけていなかった押見修造氏のマンガを読んでみることにした。手始めに一巻で完結している『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』から。
志乃ちゃんとは違うけれど、自分も小学生のころからずっとコンプレックスを抱えて過ごしてきた。そのことでクラスメートから心無い言葉をかけられたことも鮮明に記憶に残っていたりする…。だから自分のコンプレックスをなるべく隠して、そして決してそこを攻められないように敵をつくらないようにして…そんな学生生活をふと思い出してしまった。
続いて『ぼくは麻里のなか』。
最初は、よくある男女が入れ替わってしまうストーリーかと思いきや、さにあらず。もっと人の心の奥を覗きにきて、いろいろ考えさせられる。
そして『血の轍』。
これは毒親がテーマになっていて、重い話であることが想像できたので読むのを躊躇したのだが、期間限定で最初の5巻が無料で読めることを知ってしまったのでついに手をつけてしまった。
読んでよかった。自分の母親のことを思い出さずにはいられなかった。自分で言うのもなんだが、母親は当時としては珍しく国立大学卒の才女で、しかも綺麗だった。年齢よりもずっと若く見えて、正直なところ自慢の母親だった。振り返ってみると、おそらく、いや間違いなく自分はマザコンだったのだと思う。
でも、大学生くらいのときだっただろうか。母親から突然「あなたはマザコンにならないように育てたから」と言われたのだった。今思えば、これは一種の洗脳であり、宣言だったのかもしれない。自分にマザコンの要素があったからこそ、この言葉は重く、ある種の呪縛のように「そうか、自分はマザコンにならないように育ったんだ」と刷り込まれたのだった。
母親がこんな宣言をしたのには理由があって、実は自分の父親と出会う前に結婚するはずだった許婚がいたのだそうだ。ところが、その婚約者の母親と折り合いが悪く、そのときに婚約者が義母をたてるような感じだったので、母親としてはかなり辛かったのだろう。そして最終的には愛想を尽かしたのだと思う。まあ、その婚約者がマザコンだったおかげで、その後母親は父親と出会い、自分が生まれたのだから、感謝しなくてはいけないのだけれど…。
美しかった母親もいずれ老婆になり、介護が必要になる。そして自分自身も年老いていく…。そんなこともふと実感させられた。
どの作品も、一言でいえば心に沁みる内容だった。こんな気持ちにさせてくれてありがとうと言いたい。よい休日だった。